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音節の長短を決定するための規則を音律(prosody)という。音律を考える際に音節の長さと母音の長さを区別することは重要である。すなわち母音が短くても音節としては長いことがあるので注意する必要がある。
音節の区切り方†
- 音節の数は母音の数に一致する。すなわち1つの音節は母音(短母音、長母音、二重母音)を1つだけ含む。
- 子音が2つ以上続く場合は、最後の1子音のみを後の母音につけ、それ以外は前の母音につける。
子音については次のことに注意する必要がある。
- 気音(h)は子音としては扱われない。すなわち気音は、韻律上何の影響も与えない。
- ζ [= zd], ξ [= ks], ψ [= ps] は2子音と数える。
なお、韻律以外の場合とでは音節の区切り方・長短が異なる場合があるので注意する必要がある。以下にその例を挙げる。
- 1つのピリオド内では、単語の切れ目は無視して、あたかも1つのピリオド全体が1つの単語であるかのようにして音節が数えられる。
- 合成語の場合、一般に音節は成分ごとに区切られる(e.g. προσ-έ-χω)が、韻律を数える際には成分は無視される(e.g. προ-σέ-χω)。
- アクセントを決定する場合には語末の二重母音 -αι, -οι は短母音として扱われるが、韻律を数える際にはそのまま二重母音として扱われる。
音律の公式†
音律の一般的な公式は次の通りである。
- 音節の長短(1)
- その音節が閉音節であるか、その音節が長母音または二重母音を含んでいれば長音節となり、そうでなければ短音節となる。
あるいは次のように言い換えることもできる。
- 音節の長短(2)
- 短音節となるのは、その音節に含まれる母音が短母音であり、かつその音節が開音節の場合である。
ここで、閉音節(closed syllable)とは、子音に終わっている音節のことをいい、開音節(open syllable)とは、母音に終わっている音節のことをいう。
母音が長母音か二重母音の場合その音節はもともと(φύσει; natura; by nature)長いといい、母音が短母音でも閉音節になっているために長くなっている場合、その音節は位置によって(θέσει; positione; by position)長いという。
音律の概要は以上の通りであるが、実際にはさまざまな例外がある。これらは次のように分類される。
- 母音が隣り合ったとき
- エリジョン(elision)
- 母音短縮(correption)
- 融合発音(synecphonesis)
- 半母音(semi-vowel)
- 母音衝突(hiatus)
- 子音の扱い
- ϝ
- 語頭の λ, μ, ν, ῥ, σ, ϝ の延長(重複)
- 語末の ν, ρ, ς
- 閉鎖音+流音または鼻音
- その他
母音が隣り合ったとき†
- エリジョン(elision)
- 母音で始まる単語によって、前の単語末の短母音が消失する現象をいう。二重母音 -αι, -οι は時々エリジョンを起こす。前の単語末の母音によって次の単語の頭の短母音が消失することがたまにあり、これは前方エリジョン(ἀφαίρεσις; prodelisio; prodelision)と呼ぶ。
- 母音短縮(correption)
- (特に語末の)長母音、二重母音が、別の母音の前で短母音として扱われる現象をいう。これは初期叙事詩、エレゲイアではよくおこる現象であるので、特に叙事詩的母音短縮(epic correption)と呼ばれ、後代の叙事詩、エレゲイア、抒情詩中でも起こることがある。また、たとえば叙事詩のテキストに見られるような Τρωΐα -> Τροΐα も、単語の綴りまで変化しているものの、現象としては母音短縮だと考えられる。
- 融合発音(synecphonesis)
- 2つ以上の母音が1つの長い音節として発音される現象をいう。これは元の最初の母音が ε の場合に特に多い。語末の長母音または二重母音、elision しない単音節語(ὁ, τό など)と、次の単語の語頭の母音が1つの長い音節として発音されることもある。これは次の場合に多い。
- 最初の単語が単音節語(特に καί, ἤ, δή, μή, ὦ などの接続詞)や ἐπεί, ἐγώ などの場合。
- 次の単語が ἐστι の変化形の場合(ただし enclitic の場合に限る)。
母音が融合する現象は、それが綴りに現れているかどうかで次のように分類されてきた。
母音が融合したことが綴りにも現れる現象のことを母音融合(συναλιφή, synaliphe)といい、そのうちで κἀπό(< καὶ ἀπό)のように2つの母音が1つの長母音または二重母音に変化するものを母音縮合(κρᾶσις, krasis; crasis)といい、οἰστός(< ὀϊστός)のように、それぞれの母音自体は変化しないものの、二重母音となるものを母音癒合(συναίρεσις, synairesis; synaeresis)という。
μὴ οὐ(1つの長音節として発音される)のように母音が融合したことが綴りには現れない場合、それは融合発音(συνίζησις, synizesis, vel συνεκφώνησις, synekphonesis; synecphonesis)と呼ばれる。
歴史的には母音の融合に関しては上のように区別されてきたが、綴りに現れるかどうか、ということは本質的な違いではないことに注意しておく必要がある。
- 半母音(semi-vowel)
- 子音と、別の母音に挟まれた ι [= y], υ [= w] は、子音として扱われることがある。
- 母音衝突(hiatus)
- どちらの母音も本来の音価を保っている現象を母音衝突(σύγκρουσις, χασμωδία [< χασμωδέω]; hiatus)という。韻律上の切れ目が置かれない位置で母音衝突が起こるのは普通でない現象だが、叙事詩やエレゲイアにおいては、詩行の特定の位置で起こることがある。
子音の扱い†
- ϝ
- 叙事詩、特に定型句においては古いギリシア語の形を保持していて、綴りの上では書かれない子音 ϝ を考えなければならないことがある。e.g.) ἐμὸν ἔπος = e-mon-(w)e-po-s.
- 語頭の λ, μ, ν, ῥ, σ, ϝ の延長(重複)
- 叙事詩においては、語頭の λ, μ, ν, ῥ, σ, ϝ は長く発音され、前の音節を長くすることがある。これは、もともと λ [= sl- ], μ [= sm- ], ν [= sn- ], ῥ [= sr-/wr-], ϝ [= sw- ] のように2重子音だったからだと考えられている。
- 語末の ν, ρ, ς
- 語末の ν, ρ, ς に、語頭に母音がある単語が続く場合、叙事詩、エレゲイアなどにおいては、その ν, ρ, ς は語頭の母音と同じ音節には属さず、その前の音節に属してその音節を長くする働きをすることがある。
- 閉鎖音+流音または鼻音
- 閉鎖音(π, β, φ; τ, δ, θ; κ, γ, χ)+流音(λ, ρ)または鼻音(μ, ν)は、あたかも1子音であるかのように、同時に発音される、つまり、この閉鎖音が前の音節を長くしないことがある(e.g. τέκνα = te-kna)。有声閉鎖音(β, δ, γ)+鼻音(μ, ν)の組み合わせの場合は他の場合と比べて起こりにくい。初期の詩ではあまり起こらない現象だが、アッティカ方言ではよく起こり、したがって喜劇ではよく起こる(Attic correption)。
- その他
- σκ, ζ (= zd), πτ, κτ, μν, σλ、子音+半母音の ι は、前の例のように、あたかも1子音のように、同時に発音されることがある。