どのフォントを用いればよいかは好みによるので,一般的にどれがよいということはできないと思われる.ただし伝統的にどのようなものがよく用いられてきたかを述べることはできる.欧米系人文学,特に西洋古典学の場合で,LaTeXを用いて組版する場合にどのフォントを用いるとよいかの例を以下で述べる.できるだけフォントは購入しない方向で話を進める
和文フォントの品質はばらつきが大きい.(Mac) OS Xのヒラギノフォントは非常に美しく,出版に用いても違和感がない.最近のWindowsには游書体が含まれている.これも美しい.Windows 7でもフォントパックをインストールすると利用できる.比較的新しいOS Xにもインストールされているが,El Capitanでは利用できない.またWindowsよりウェイトが少なくなっている.
個人的な印象であるが,ヒラギノはクセが少なく,さまざまな用途で用いることができる一方,游書体の方は少しクセがあるので,用途を考えた方がよいと思う.小説などには游書体は合うが,学術論文などにはヒラギノの方が合っているような気がする.実際,字游工房のWebページでは「時代小説も組める」と謳われている.
LaTeXで組んだ文書をPDFファイルで配布する場合,フォントは埋め込んだ方がトラブルが少ない.ただしフォントを埋め込むと,適切なセキュリティ設定を行わなければそのフォントを抽出できてしまうため,著作権法上の問題が起こる可能性がある.いろいろな問題があってこのあたりの明確な説明を得ることができないのがふつうである.しかし少なくともヒラギノや游書体は「フリーの」フォントではないため,Web上などで不特定多数に配布する場合は気をつける必要がある.そのような場合,IPAフォントを用いるとよい.これは「フリーな」フォントであるため,埋め込んで配布しても問題ない.ただし品質の点ではヒラギノや游書体に劣るので,商用印刷には向かないと思われる.
Timesとそれに類するフォントはきわめて一般的に用いられている.LaTeXのパッケージtxfontsを用いることができる.西洋古典学関係の雑誌でもよく用いられているが,比較的新しいフォントなので,もう少し古いフォントを使ってみたい場合は,それ以外を検討してみるとよい.19世紀の大陸ではModern系の書体がよく用いられており,Computer Modernはこれをよく再現している.よく「Donald KnuthがデザインしたComputer Modernは美しくない」と言われることがあるが,単に我々や,もしかしたら英米でなじみがないだけかもしれない.
英米であればCaslon, Baskervilleなどが定番なので,これを用いるか,あるいは大陸でもよく用いられるGaramondなどを検討してみるとよいかもしれない.個人的にAdobe Garamond Proが適当と思うが,有償のフォントである.LaTeXで,フリーで簡単に使えるラテン文字のフォントで,立体・斜体・太字体を完備しているもの,アクセント付文字も収録しているものはあまり多くはない.品質も求めるとすればかなり少なくなってしまう.個人的に満足しているのはfbbパッケージである.これはBemboフォントを模したものである.Bemboフォントは1495年にAldus Manutiusのために制作された書体で,さまざまな出版社で用いられた.たとえばPenguinのものも多くのものがBemboで組まれている.ほかにbaskervaldxやjunicode(ただしplatexでは使えないようだ)が候補に挙がる.
和文フォントと同様に,場合に応じて使い分ける,つまりたとえば印刷用にはヒラギノ,Webでの配布にはIPAフォント,と使い分けるのは難しい場合がある.和文では文字間隔が一定であるのに対し,欧文フォントでは一定でないのでフォントによって異なってしまう.したがって印刷用とWeb配布用ではページ割が異なってしまう場合がある.
Porsonフォント,Leipzigフォント(たとえばTeubnerの斜体状のもの),Didotフォント,New Hellenicフォントなどが伝統的かつ比較的現代的と思われる.いずれもラテン文字のように立体・斜体のペアで制作されているわけではない.これは強調のときに問題になる.隔字体や下線を用いる手段はあるが,こうしてしまうと,ローマン体とイタリック体をペアで用いるラテン文字とのバランスを取るのが難しい.現代ギリシアではDidotフォントを立体として,Leipzigフォントを斜体として用いる流儀があるので,このようにしてもよい.